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ヒアシンスハウス(風信子荘) [埼玉県]

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二年ほど前、『風立ちぬ』という映画が話題となった。

これは『下落合焼きとりムービー』の興行収入に次ぐ、宮崎駿監督の超話題作である。

……って、そんな訳ないですね。(笑)

なんでも、零戦の設計者堀越二郎と、同時代に生きた小説家の堀辰雄をごちゃまぜにして、一人の主人公を描いた感動のドラマであるらしい。

――らしいとするのは、宗男はまだこの映画が未見であるため。

というよりも、今後も見るつもりはない。

未見だからと言って、どうぞ眉間(みけん)にしわを寄せて怒らないでください。(笑)

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映画『風立ちぬ』のタイトルは、堀辰雄の同名小説から取ったという。

主題曲、荒井由実の「ひこうき雲」がさらに話題を集めたらしいが、聖子ちゃんの「風立ちぬ」にしてほしいという意見があったかどうかは定かではない。()

宮崎駿は、荒井由実が相当気に入ってるのであろう。

前にも「やさしさに包まれたなら」という曲を、何かの映画に使っていたような記憶がある。

ちなみに宗男も、大昔は荒井由実の大ファンであった。

ファンクラブにも入っていたが、松任谷正隆との結婚を機に退会した。()

当時は、こんな会員証が送られてきた。


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そんな話はどうでもいいですね。

さて、その堀辰雄が弟分のように可愛がった青年に、詩人・立原道造がいる。 

立原も堀辰雄に相当入れあげていたようで、亡くなる前年に尊崇する『風立ちぬ』論を書きあげている。

今回取り上げる「ヒアシンス・ハウス(風信子荘)」は、その立原道造が生前スケッチを残した設計図を基に、平成16年に「ヒアシンスハウスをつくる会」によって建てられたもの。

藤森照信先生の建築に「タンポポハウス」や「ニラハウス」というものがあるが、あれとは全く様相が違い、ヒアシンスは一本も生えていない。()

また、風信子荘としているが、風信子さんの別荘ではない。

「風信子」と書いて「ヒアシンス」と読むのである。

かつて松浦亜弥が「風信子」という歌を歌っていたことは、今では知るものが少なくなった。

その代り、エアあややで一世を風靡したはるな愛さんは、今でもけっこう人気がありますね。()

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立原道造は、詩人であると同時に建築家でもあった。

東京帝大工学部建築学科卒業。

在学中に辰野金吾賞を三度も受賞するという秀才である。

一期後輩に毛色の全く違う丹下健三がいる。()

卒業後は石本喜久治の事務所へ勤めている。

ただし、わずか二年ほどで早世したため実現できた建築作品は一作しかない。 

昭和14年(1939年)第一回中原中也賞を受賞し(今の中原中也賞とは違います)、その年のうちに病に倒れた。

享年24歳。

すでに詩人としての名声は得ていたものの、将来を嘱望された建築家としての仕事を思えば、どうにも残念でならない。

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ヒアシンス・ハウス(風信子荘)

竣工:平成16年(2004年)

設計:立原道造

実施設計:ヒアシンスハウスをつくる会

施工:生川工務店

構造:木造平屋建て

場所:埼玉県さいたま市南区(別所沼公園内)





この「ヒアシンス・ハウス」は、立原が石本事務所に勤めて間もないころに構想されたものだ。

自分の詩編を「風信子叢書」と名付けるくらい、立原はヒアシンスが好きであったのだろう。

当時浦和市郊外の別所沼あたりには多くの画家が住んでいて、一種の芸術家村の様相を呈していたという。

立原はこの地に週末だけを過ごす目的で別荘を構想した。

わずか5坪ほどの小住宅だが、50通りもの試案を重ねたらしい。

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南向き中央に玄関があり、南東の角は大きく開かれた引き分けの窓を設けている。

そこがテーブルを置いたダイニングスペースとなり、西側は造り付けベッド、すぐわきには小さな両開きの出窓を配した。

北側は造り付けの広い机と、横連窓の水平窓。

そして、北東の角に便所があるだけ。

台所も風呂もない。最小限の機能を有したワンルームである。

いくら週末に過ごすための住宅といっても、これでは住宅としてはいささか不便であろう。

学生の設計課題ならともかく、まさか水回りを忘れたわけではあるまい。()


 

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原の卒業設計は、「浅間山麓に位する芸術家コロニイの建築群」として資料が残されている。

そこには旅館、郵便局、消防署、管理所などの公益施設としてのロッジがあり、そして周囲に芸術家達の住宅が並ぶという。

その住宅の説明の中で立原は「住む者が独身者であるときには厨房を欠いている。これはロッヂに食事が常に用意されているから」と記述しているらしい。

なるほど、これで疑問が解けた。

立原は、このヒアシンス・ハウスを、コロニーの一部とみなしていたのかもしれない。

実際に立原はこの建物を完成するつもりで、名刺まで作り、借地の交渉にも動いている。

独身者の詩人は、台所がなくとも、近くに住む芸術家連中の家に行けばよかったというわけだ。

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立原の構想とは違い、実際に建った敷地は別所沼の南西部に位置し、残念ながらベッドわきの窓からは湖水は見ることができない。

それでも、スケッチをほぼ踏襲した形で建物は実現されている。


2年ほど前、真夏の暑い盛り、建築家である前に詩人として愛する立原道造のお宅に伺うため、汗だくになって別所沼へと向かった。

連絡もせずに伺ったものだから、玄関も雨戸も閉まったままだった。

誰もいないベンチに座り、ひとり汗をぬぐう。



風立ちぬ……。



はて、風信子さんは、どこへ出かけたのであろうか?


 

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コメント 13

八犬伝

レア物ですね
荒井由実ファンクラブの会員証。
自筆であろうイラスト入りですね。
そういえば、ユーミンって女子美でしたね。
by 八犬伝 (2015-06-14 21:03) 

ヴェルデ

ヒアシンスハウス…前にも取り上げていませんでしたか<記憶違いかな。
これは最小限住宅とかコルビジェとうさんの夏の家の系譜につらなるものなのでしょうか。それにしてもなぜに埼玉。

夭折した建築家ということでは、小菅拘置所を設計したあの方も好き。
でも実測にはいけない。というかまだあるのか。

中村信一郎さん、懐かしい名前ですね。
by ヴェルデ (2015-06-15 00:43) 

カンパネルラ

師匠は建築、文学だけじゃなくアイドル、ニューミュージックにも造詣が深かったんですね。驚きです。

ここは随分前に訪ねたことがあります。埼玉とは思えない(とっても失礼かも)いい雰囲気の所にポツンとありました。
建築と言うと、煉瓦だ鉄骨だ、石だの大きくて硬いものばかりを思っていたんだけど、こういうのも見るべき建築物なのだな~と思いました。

ま、実際はそれよりも、うなぎが食べたいな~って印象しか残ってないんですけどね(爆)
もう一度、鰻を食べに行くついでに見てこようかな~・・・・・
いや、そうではなくて風信子ハウス見に行くついでに鰻を食べてこようかな~
by カンパネルラ (2015-06-15 11:46) 

高穂

…う.馬小屋?
っと思いきや,ちょっとツリーハウスとかトレーラーハウス的?な
隠家とかっぽくてよさげですぅ.
公益施設も含めたら -13日の金曜日的ロッジとか
ヒッピーコミューンの酒池肉林では無く-
スーパーコンパクトシティーって感じなのでしょうか.

っと.それはそうとフルーツカルピス.
昭和の駄菓子ドリンクの記憶を裏切る新飲料と化しております.
牛乳で割るとウマ過ぎ.さらに氷を入れると…
…なんと言う事でしょう!
練乳カキ氷の様相を呈するのでございます.
by 高穂 (2015-06-16 02:34) 

まつみママ

今日は~^
ご訪問頂き早速 一通り拝見致してましたが・・ が 
外出中でしたので 帰宅してから再度と思い・・出遅れました(>_<)

  今回の ” ヒアシンス・ハウス(風信子荘)”
相変わらず おおよその方々が知り得ない 建物ですね
私も 初めて知りました 
大体 埼玉県と言うと都のお隣の県にも関わらず何故か遠--い(笑
ハッキリ言って 現代にはそぐわない
 それ程大した 建物ではないと思えるし・・・  コラ!
多分 道すがら見たとしても 何! コノ小屋? てな 感じ
処がこれが 宗雄さんの魔術的 語り← (笑)  に掛ると
成る程 現代の高層ビル軍団に囲まれて生活してる者にとって
信じがたき内装 というか 住まい なんですね~
 第一 風呂なし 然も大事な キッチンが無い! 
等 とてもじゃあないけど 私住めません!
最も現代は 沢山有るコンビニに行けば一人でも何ら不自由感ぜず
生きていける時代ですから ← ムードぶち壊し (@_@;)
折角の昔ながらの優れた建造物に チャチ入れて スミマセン<(_ _)>
てな事で こんなコメに懲りずに又 奇抜な?物件を探して紹介下さい



by まつみママ (2015-06-16 11:22) 

nicolas

そう、あややが歌ってました、「風信子」ってそのとき漢字知りました。
パッと見トレーラーハウスのようにちんまりしてますが、
鎧戸のデザインがすごい素敵だし、窓辺にチラっと見える金具は、
窓の留め金具かなにかでしょうか。
クルクルっとしてる姿、気になりますー

by nicolas (2015-06-16 18:06) 

あおい君と佐藤君と宗男議員

>八犬伝さま
レアものでしょうか?
ボロボロなんですけど。(笑)
手書きのナンバリングなんて、いまはないですよね。
1222番という数字は、結構気に入っていたんですが。

>ヴェルデさま
レマン湖のほとりに建てられたコルビュジェの「小さな家」は、確かに最小限住宅ですが、この住宅よりもはるかに広いです。(笑)
当時の立原は日本橋に住んでいてたので、週末に住むには埼玉あたりが適当だったんじゃないですかね。
利便性を考えて、風呂がなくてもすぐに帰られるところにしたとか。(笑)
小菅の刑務所はいいところですよ。
って、余計なこと言わせないでください。(笑)

>カンパネルラさま
あたしらの世代は、ニューミュージックではなく「フォーク」と呼んでました。(笑)
造詣は深くありませんが、ギター、バンジョー、ウクレレ、ハーモニカと、一通りやってきました。(笑)
別所沼公園、ウナギではなくなぜかジンギスカン料理のお店がありました。
宗男もウナギは大好きです。

>高穂さま
馬小屋ですか?
確かにそんな感じにも見えますね。(笑)
中はコンパクトで、秘密基地にベッドと勉強机が置いてある雰囲気です。
カルピスは、貧乏性なものでやや薄めに溶かして飲むのが日常でした。
うす味がいいとやせ我慢していた。(笑)
口の中に、白いタンみたいなものが出てきましたよね。
氷を入れるなんて、盆と正月だけでした。(笑)

>まつみママさま
確かに、みんなが知っている建物ではないかもしれないですね。(笑)
でも、結構週末には人が多く、いろいろと催し物をやっているみたいです。
立原道造本人も、実際に建っていたら住まなかったかもしれませんね。
不便なのは間違いない。
でも、わざと不便な住み方をするというのも、なんとなくわかるような気がします。
……まあ、建築家の道楽ということで。(笑)

だれも 見ていないのに
咲いている 花と花
だれも きいていないのに
啼いている 鳥と鳥

「ひとり林に……」 立原道造

>nicolasさま
あややさん、最近見かけないですね。
窓の金物は、開き扉の取っ手です。
くるっとした、アンティークなデザインが素敵ですね。(笑)
雨戸の閉まった写真ばかりですが、窓を置けるとものすごく開放的なんですよ。
by あおい君と佐藤君と宗男議員 (2015-06-16 22:08) 

(な ̄▽ ̄お)

ご無沙汰しております
2004年当時、別所沼公園の近くをよく通っておりました
通り過ぎるだけで、ついぞ立ち寄ったことはなかったのですが
このような建築物があると知っていれば・・・

ちなみに『下落合焼きとりムービー』『風立ちぬ』
両作品とも鑑賞いたしました
懐かしさに思わず感傷・・・
宗男師匠のミケンに倣おうと思いましたが
うまく整いませんでした(笑)
by (な ̄▽ ̄お) (2015-06-20 02:25) 

あおい君と佐藤君と宗男議員

>なおさま
こちらこそ、大変ご無沙汰でございます。
そういえば、ブログも止まったままでございますね。
コモモな方々が、最近お目にかかりません。(笑)

2004年であれば、まだ新築ですね。
もう、築10年以上たっておりますので、ちょっとくたびれてきてますね。

焼き鳥ムービー、鑑賞なされたとのこと。
おめでとうございます。
宗男はまだまだ、不感症、いや、不鑑賞……
いやいや、未見でございます。(笑)

by あおい君と佐藤君と宗男議員 (2015-06-20 10:38) 

opas10

立原道造が、
建築家だったとは、
日本のインターナショナル様式の第一人者石本事務所にいたとは、
そして
宗男先生がユーミンファンクラブ会員だったとは、
驚きでした!!
by opas10 (2015-06-21 19:19) 

Taka_Nao

ご無沙汰で〜す!
『風立ちぬ』見るつもり無いんですか?残念だな〜(笑)
建築士の仕事をしている私は、種類が違うけど、
設計をしている主人公と周りの人達の会話で、
胸に来る物があったな〜(笑)

マニアックなチョイスの建築物。最高ですね。
こんな小屋が庭にあったらな〜と思わせる、
素敵なデザインに一目惚れ♪

あやや、歌上手いな〜。
^^

by Taka_Nao (2015-07-22 09:23) 

あおい君と佐藤君と宗男議員

>opas10さま
レスが遅くなって、申し訳ございません。
立原道造は、建築家としては駆け出しのまま夭折してしまいましたから、成果はとっても少ないです。
もし長生きしたならば、抒情を持った建築家として活躍したのではないか? そして、いろいろと悩み多き人生を歩んだのではないか?  と想像してしまいます。
宗男は、ユーミンがこんなにも大御所になるとは思いませんでした。(笑)

>Taka_Naoさま
宗男はビデオはよく見るのですが、劇場で映画を見ることはほとんどありません。(笑)

おや、同業者でございましたか?
それはそれは。(笑)
庭に、こんな小屋があったらいいですね。
秘密基地になります。
よその建物はたくさん設計してきましたが、
自分は賃貸住まいです。
もちろん庭などありませんから、せいぜいクロゼットを秘密基地にするのが関の山です。(笑)


by あおい君と佐藤君と宗男議員 (2015-07-23 22:21) 

二兎丸

ヒヤシンス、イタリア語でgiacintoって書くことは
須賀敦子の本から教わったけど、日本語で「風信子」って書くとは知らなかった。

宮崎駿の『紅の豚』は大好きだけど、『風立ちぬ』は未だ見てない。
吉村昭の『零式戦闘機』は読んだ。
いろんな話をくっつけちゃった『風立ちぬ』を見てしまったら、
二兎の足りない頭ではゴッチャになりそうだから(笑)
by 二兎丸 (2015-09-05 10:04) 

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